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ぶどう農家に生まれ、生まれ育った家と土地と農業を守るべく、2000年に就農しました。
今も栽培から販売まで試行錯誤の日々ですが、これは生涯続いていく事でしょう。
ぶどう栽培を通じて、家族の笑顔とお客様の笑顔を大切にしていきたいと考えます。

無農薬栽培で病害や虫害に侵されてしまえば意味がありません。
なぜなら、生物~植物は病虫害に侵されると〔天然農薬〕を自ら分泌して、その毒素は、農薬よりもはるかに危険な場合があります。
現在の日本の農薬の基準は、世界レベルから見てもとても厳しい基準が設けられています。
しかし、国の指定した〔作物適用、総使用回数、使用残日数〕等を守らなければ、これもけして良くありません。
病虫害に侵されない、最低レベルの農薬の使用を目指しています。
当然、除草剤も使いません。

雑木林の中で育つ果樹等は、農薬による防除を一切行わなくても殆んどが健常に育ちますが、
これは一種の〔多様性〕と〔共生〕の賜物と考えています。
雑木林の中での栽培は無理ですが、その他の部分で〔多様性〕と〔共生〕を求めれば、病害や虫害も減り、健常で味も良い作物が出来るのではないかと考えています。

多様性や共生を求める一環として、山と海と・・・多種類の有機肥料を使います。
それを微生物や細菌が分解してくれる事にも意味があるからです。
更にその微生物を守る草を生やして、草生栽培を行っています。
天候や植物生理を補う為に化学肥料は使用しますが、最低限に留め、肥沃な土作りにも努めています。

食べやすさに置いては〔無核=種無しぶどう〕が良いのですが、味にこだわると、〔有核=種ありぶどう〕になってしまいます。
なぜなら、ぶどうの〔旨み〕と言われる成分は〔種〕が一番多く分泌しているからです。
〔有核=種ありぶどう〕を基本に栽培しています。

日田の地に1957年より〔キャンベル〕と〔ベリーA〕を植えた事より始まった葡萄栽培。
当初は20~30アールの小規模でした。
葡萄栽培自体が初めての事で全てが手探りの中、今以上の試行錯誤を重ねたと聞いています。
1960年に葡萄苗木の入荷間違いにより〔巨峰〕の栽培が始まりました。
〔巨峰〕は栽培が難しく無理と思われていましたが、意外にこの土地の気候に合う事が、先駆者の見解により広まり定着していきました。
それと共に徐々に圃場を増やして行きます。
1971年頃には『日田の葡萄は甘い』と評判になり、日田市の葡萄も広く知れ渡る事となります。
しかし、時代の流れにより、大量生産~大量消費にも陰りが見え始めます。
2005年には将来を見据えた大きな経営改革を計画します。
栽培も根本から見直し、〔超弱剪定〕と云う山形の技術を取り入れます。
それと共に〔巨峰〕のみの栽培から選抜した良種(現在12品種)への栽培も切り替えています。











